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重くなり続ける親の責任 前編

エド

家庭崩壊とか、機能不全家族とか、ポンコツ家族はそんな言葉と当てはまるのかもしれません。


しかし考えてみると家族というものは、いつでもどこでもそこまで理想的な形であったわけではないはずです。



江戸時代に乱交文化があったことは以前もお話しました。

これは今の私たちにはとっても理解できないけれど、当時は常識的で文化的な愛の形でした。特に日本の江戸時代はたいへん性に奔放な時代で、結婚前はもちろん結婚後も、そして男女の区別なく乱交が華やいでいました。

前時代的で男尊女卑の激しいイメージのある江戸時代ですがそんなことはなく、今で言うホモセクシュアルであろうがバイセクシュアルだろうとも差別されなかった先進的な時代でした。また江戸時代は女性から離婚を申し渡しことも普通に通っていましたし、5度前後の離婚、再婚なども通常の範囲であったようです。

ただそうなると子どもの親が誰だか分からなくなってしまうわけで、特に今の私たちにはたいへん非常識にうつります。



しかし大らかだった江戸時代は、親がふらふらしてても誰かが面倒見てくれたのです。子どもはみんなの子どもとして育てられました。ですから寺子屋という子どもたちの教育機関が発達していました。みんなの宝である子どもをみんなで教育していたのです。

また親が相手をとっかえひっかえしてようがそれが普通なのですから、親が原因で子どもが変な目で見られることも、哀れまれることもありませんでした。




「親子の愛」「子どもは親にとって何よりも大事」「家族の絆」が無くもないのですが、今のように親の責任がここまで問われることもないし、子どもが親を嫌いでも構わない、などかなり今の親子愛とは違っています。現代の親子関係よりドライで、距離のあるもののようですね。その分他人との関係が今よりは密だったようです。


もしかしたら今の感覚からすると「酷い親だ」「そんなのはよくない」「子どもをもっと守らなければ」などと思うかもしれません。



しかし現代のように犯罪を犯した少年の親が激しく糾弾されることも、「親失格」「親にくせに」などと責められることもありませんでした。もちろん今の日本の親子関係が何よりも重視される文化が悪いとは言いません。けれど家族が社会の見本とされ、親が子どものすべてを受け入れるべきだという風潮は無かったはずです。


明治時代に入り、乱交文化が崩れ去った後に、いきなり親の責任は信じられないほど重たくなります。

親は子どものすべてを受け入れ愛するものだ。
子どもと親の愛は何よりも美しいものだ。
家族は何ものにも替えがたい素晴らしいものだ。


そうして家族との距離はとても近いものになり、他人が家族に介入することができなくなります。親が教育を施し、愛を教え、手本となり見本となり子どもを完璧に育てなくてはなりません。


しかし親が子どものすべての面倒を見てすべての責任を取ることなどできるはずがないのです。そこでどうしても子どもの行動制限や束縛をしなくてはならなくなります。

その最たるものが親の責任で行う障害者の避妊手術や、不名誉な子どもを殺す親からの名誉殺人です。



そんなバカな、という人もいらっしゃるでしょうが、突きつめていくと親が子の責任を取ると言うのはこういうことなのです。

子どもに見せるお手本として親一人の責任は重すぎると個人的に思っています。地域の人たちがみんなで面倒見てくれていた時代から、親ひとりがそれを一手に引き受けるというのはあまりにも責任が重い。

そんなに人間は完璧ではなのです。



後編につづく


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